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感動したこと

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昨日の夜は、3月にお引渡した住宅のお施主様Oさん親子と、しょちょーと、れいこさん(所長のおくさん)5人でお食事をしてきました。

場所は大名のささら

続々と出てくるスローフードに舌鼓。(^-^)

6月はOさんのお母様とれいこさんがお誕生月だったこともあり、食事の最後にはバースデーケーキのサービスが。ケーキを写真に納める娘のyumiさん(右)とれいこさん(左)。

お二人がお礼とおっしゃって、わざわざ事務所にご挨拶にお見えになったときから、1月半くらい経っていました。久しぶりにお会いするお二人から、少しずつ生活に変化がでてきたというお話をお聞きすることができました。

yumiさんは、人工大理石のカウンター式の対面キッチンでパンつくりにハマり、パン屋さんをはじめることを計画中だそう。amazing!!!!!

あの魅力的な空気感、そんなyumiさんの作るおいしいパンがどんどん口コミで広がって、人気モノになって、忙しくなったyumiさんは私とはあんまり遊んでくれなくなるんだ・・・とか想像しながら、改めて自分があのおうち作りに関わらせていただけたということに対して妙に感動してしまいました。

「作ることが目的じゃないんだよ」

って所長がいつもおっしゃる意味が実感としてつかめた気がした。

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アフターファイブ

先週から、事務所で個人面談が行われている。

いくつかのトピックが、あらかじめメールで知らされており、一日ひとりずつ面談をする。大きくは会社について自分について。今までについて、これからについて。

いつも会うとはいえ、「会社とは!」とか、自分のことをみんなと話す機会ってなかなかないもんだ。初めての試みで位置取りにもじもじしたが、クッキーを2枚いただけたのはよかった。

その中で、うちの事務所のいいと思う点を上げるくだりがあった。

「のびのびとできるところ。」

ある程度、分別が身についているひとでないと、仕事がただの「お遊び」になってしまうので自律が必要だ。でもこのことに気が付けば、いくらでも伸びていく環境を所長は準備してくれている。こんな頼りになるサポーターはいない。

うちの事務所は中間管理職(=チーフ)と呼ばれる世代がポーーーンと抜けている。

そのことがアキレス腱になってしまうこともたびたびある。

みんな一生懸命やる。それでいいってもんじゃない。でも、やりっぱなしにはならない。私たちには、所長がいるから。

樂な業務じゃないんだけど、本当に恵まれた環境だと思う。

Photo_1

←今日のセッティング風景。詳しくはボス伝を。

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父への手紙

弟が書いた父のこと。身内的にかなりツボだったので抜粋します。というか全文です。 

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6月15日は父の誕生日だった。50……何歳かになる。正直覚えてない。生きてくれてさえいたらいいからね。


 父は滅多に怒らない。

 当然叩いたり殴ったりもしない。


 けど怒らせたことが3回ある。どれも小学生の頃の話。


 初めての説教は夜の11時まで漫画を読んでいたからというもの。ビンタもくらった。ただあの時彼は明らかに酔っていた。
 父に叩かれたのは初めてで衝撃的すぎて今もはっきり覚えている。彼が明らかに酔っていたことを。


 2回目は友達と父と3人でボーリングに行ったとき。投げるモーションに入った友達に僕が横から野次をとばしたから。
 「勝負とは……!」
 延々と語られた。ただあの時友達は完全にひいていた。


 3回目。これは一生忘れない。それは風呂上がりでパンツ一枚の父にカンチョーをしたときのこと。
 凄まじい速さで振り返り「人のケツに指を突っ込むとは何事かっ!」とめちゃくちゃ叱られた。

(続く)

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弟が父のエピソードを語る歳になったか・・という感慨深さと、父の「怒り」ポイントが毎回トンチンカンで、子供に疑問を残すだけで毎回終わっていたということのやるせなさ、おかしさ、あの意味不明な威圧感を思い出す。

弟も書いているように、冷静に穏やかに話をすすめ「感情的に怒る」ことをしない父だった。だからやっぱり感情をあらわにするときは子供の私たちにしてみれば事故にしか思えなかったんだと思う。現に弟はビンタまでくらったのに、漫画を深夜読んでいた。反省していなかった。(あ でも、父にはカンチョー、しなかったかもしれない)

今この歳になって想うひとりの人間としての父の姿。

私にもトンチンカンパターンがある。

「妹の豆腐にしょうゆをかけた」

これでお怒りを買った。なんで、怒られたのか、今でもさっぱりわからない。妹もびっくりしていた。でもあの日のことははっきりと覚えているのだ。

そんな愛すべき父だが、実は私には、本当に「叱られた」ことがある。

積み木くずし実写版か?というくらいにものすごい反抗期を迎えていた中学生の私。毎日のように母親とケンカ(戦争)を繰り返し、ついにその火の粉が父にまで及んだ。
やりとりの中で父を「あんた」といった私に

「いつからお父さんは"あんた"になったのね?」

と一言。低く、静かな口調で言った。ものすっごく怖かった。やっぱり一家の長、お父さんだった。

今、私は本家の改修の設計をしていて、家族について仕事というアプローチからも考えるという貴重な経験をさせてもらっている。この弟の文章はそういう意味でもちょっとタイムリーだった。

弟はこんな風に最後を締めくくっている。

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 どれもいい思い出で、いつか父に話してみようと思う。

 そして最後に
 彼は僕にとって最高の親父です!

。。。。。えらそうな息子だねえ、お父さん(^-^)

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ホレたが負け

めっきり、更新回数が減っていること、、、、お気づきデスカ?お晩です。「このブログの存在意義がわからなくなり・・・」なループ境に迷い込んで早数ヶ月。

見られて検挙されることになるような危険なこともないので、放置プレイしています。なんだろ。次のステップが来とるんやな。自分が書いていて面白くないなんて、これは罪ですよ、罪。

ええーと。バルコニーでゴキが息絶えてた。最近は。今週は。

 という間でした。

状況は極めて厳しかったのですが、でも、ものすっごーーーうく楽しかった一週間だった。

着工した日にガラリと計画(全部といっていいくらい)が変わり、規模も規模なので現場をとめることなく、全図面書き換え、見積調整、現場対応、打合せ、、、なんとか対処しきった。あとは打合せで納得していただければ、次にすすめる。ここから先は、ボスにバトンパス!

ワールドカップファンタジスタを尻目に、お施主さんとの打合せをメールで繰り返しながら作業する真夜中。アドレナリンが出ているのがわかった。ロナウジーニョにも逢えた夜。

ぎゃーーー なんだこの気持ち。好きで好きでたまらない。これだけは事実。そうさ何度でも発情する。日々、仕事を通じて起こる出逢い、経験、出来事。墜ちる日も昇る日も。

素晴らしい日々だ。

なんか・・・・読み返してみると「ドMです」ってことだね。200606052316000

←関係ないけど最近はじめたマクロビオティックス料理。

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大地のうどん

空にはばたけ、大地に根をはれ

と、カウンターの上に書いてあった。はい、とうなずく私。

2時半すぎの遅いお昼を食べにいってきたのは大地のうどんとゆー、西区にあるうどん屋さん。都市高ぶっとばしていってきました。

続きを読む "大地のうどん"

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家に歴史アリ

今春から鹿児島での仕事が3つ入りました。第一弾。

「叔父さんの家」

6年前に亡くなったおじいちゃんの家を改修して叔父さんが住むことになる家を改修することになった。築150年、代々受け継がれてきた家です。

現在、来週土曜日の打合わせに向けてのプレゼンを作成中。

「住宅したいっす!」

と意思表示をしているわけでもないんだけど、事務所の業務の中でも不思議と住宅設計に携わる機会が多い。「住宅設計」というのは、私が4年前この業界に方向転換した理由でもあり、図らずもそういう環境に身を置けていられるというのは、つくづく恵まれているなあと自分のことながら思う。

家という空間が、人生に及ぼす影響は計り知れない。

そして、そのお手伝いをすることができる。この仕事にやりがいを感じる最大のポイントのひとつです。

それに加えて、今回はクライアントが伯父さん。

設計家(のたまご)、家族の一員としての私。

こんな目線であの家と向き合うことになるとは、思っていませんでした。

おじいちゃん、おばあちゃん、伯父さん、叔母さん、お父さん、お母さん。。。。

思い出を思い起こし、それぞれの人生を感じます。

私は本当に何も知らない。

私にしかできないお手伝いを。一族のため、伯父さん叔母さん、おばあちゃんのための家作りを家族みーーーんなでできるように持って行くつもりです。

(斉藤しょちょーという仙人の力をお借りして・・・)

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